『させていただく』
2014年10月21日
『させていただく』
観劇会… 下仁田ネギ… うちわ配布… 疑惑→追求→辞任、いつもの国会の風景です、辞任で終わればまだいいんですが…任命
責任の追及なんやかんやで本来の国会が機能していない事が心配です… そして、昨日辞任された大臣の会見で『私自身、わから
ないことが多すぎます』 『私自身、大きな疑念を感じております』 って言われてました、なんか他人ごとみたいですね…
今日は、表題の表現についてなんですが、案外使いません?今日、間違いを指摘さてまして調べてみるとちょっとおもしろかったん
でブログネタにしてみました。
会話でも手紙でもよく使ってました、『させていただく』。 国語的には商業敬語の謙譲表現にあたるそうです。本来この言葉の使い方
は、相手又は第三者の承諾の基で自らが行うことをこう表現するんだそうです。なので、「拝見させていただきました」 とか 「三日間
定休とさせていただきます」 や 「説明させていただきます」 これらの前後の言葉で意味合いも変わるかもしれませんが、相手や第
三者承諾の基でする事でなければこれらは適切ではありません、なんか丁寧に言っている感じがしてちょくちょく使ってしまいますが
正確には『致しました』 『致します』 となります。又、適切ではありませんが「させていただく」 が連続すると、例えばこんな感じです…
「この度、結婚させていただき苗字が変わりましたので前の名札を返却させていただきます」 くどいですよね、気の短い人はイラッと
する人もいるかもしれません。
実は、この 『させていただく』 の語源、近江商人と関わりがあるらしいんです、話は親鸞聖人までさかのぼります。
『全ては阿弥陀如来のおかげ』浄土真宗の他力思想に基づく言葉です、浄土真宗の祖師、親鸞聖人の根本聖典に基ずく一説でもあ
ります。親鸞聖人は9歳で出家し、平安時代初期に最澄が開創したとされる比叡山延暦寺で僧侶として過ごし根本聖典の礎を築きま
す、それこそが 『他力本願』 です。他力本願というと...一般的には、他人の力任せとか、他人のふんどしで相撲を取る的な感じで解
釈してしまいがちなんですが、仏教界での他とは阿弥陀如来を指しています。よって、最初の 『全ては阿弥陀如来のおかげ』 につな
がっていく訳です、近江商人は、近江国と深い関わりのある親鸞聖人の教えでもある、他力の他を商人にとっての生命線であるお客
様に置き換えました。商売は商品も重要ですが買ってくれるお客様が居ないと商売は成り立ちません。これを強く意識している近江
商人がよくこの 『させていただく』 を使っていたそうです、今でいう商業敬語謙譲表現 『させていただく』 のルーツは、大衆と共に生き
た親鸞聖人と近江商人との絆から生まれた言葉の表現だったんですね、お客様の力で自身の商売が成り立っていることを深く再認
識することが出来ました。。。 (注.途中の解釈が間違ってるかもしれませんがその時はゴメンなさい。)